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メッセージ >
聖書の学び
Title
第35課 「良い知恵をもって生きよう」
Speaker
堂会長 イ・ジェロク 牧師
Bible
Date
2009-08-28
読むみことば: ヤコブ3:17-18
覚えるみことば: ルカ6:45
参考にするみことば: 箴言3:14-18、11:30
教育目標
良い知恵と悪い知恵を調べて、良い知恵の尊さを悟る
この世に生きているうちに、知恵のある人は難しいことにあうことがはるかに少ないです。また、私たちを永遠のいのちに導いて、この地上の人生を豊かにするので、知恵は多くの人が持ちたいと願っているものです。それなら、私たちはどうすれば知恵をもって賢く生きていけるでしょうか?
1. 知恵の尊さ
辞書では、知恵を「事の道理を判断し処理していく心の働き。物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力。」と定義しています。神は人の脳細胞に記憶装置を造ってくださって、私たちが見て聞いて経験したことを覚えるようにされました。生まれたばかりの赤ちゃんはまだ見て聞いたものがないので、記憶装置に何の知識も入っていませんが、本能的にお母さんのお乳を飲みます。そのうち、育ちながら両親や兄弟、先生のような周りの人々から、多くのことを見て聞いて習い、知識を頭の中に積み上げていきます。このような知識を適切に組み合わせて活用することが、まさに知恵です。
それで、知識をどれほどよく組み合わせて活用するかによって、「賢い」あるいは「賢くない」と言います。知恵は、個人だけではなく、家庭や社会、さらには国にも本当に大切なものです。知恵がどうなのかによって、人が死んだり生きたりもし、一つの国が栄えたり衰えたりもします。
知恵は大きく、良い知恵と悪い知恵に分けられます。良い知恵は良い心から、悪い知恵は悪い心から出てきます。良い知恵を使えば国が平和で安定し、家庭もうまくいくし、すべての所で栄えて、多くの人をもっと幸せにします。反対に悪い知恵を使えば、その時はうまくいっているように見えても、すべてが無駄になって、滅びたり死に至ったりします。それで、<箴言3:14-18>では、良い知恵の尊さを強調しています。「それの儲けは銀の儲けにまさり、その収穫は黄金にまさるからだ。知恵は真珠よりも尊く、あなたの望むどんなものも、これとは比べられない。… 知恵は、これを堅く握る者にはいのちの木である。これをつかんでいる者は幸いである。」
2. 良い知恵と悪い知恵
ダビデの議官をしていたアヒトフェルは、ダビデの息子アブシャロムが反乱を起こしたとき、自分の利益を求めて、ダビデを裏切ってアブシャロムの反逆に加担しました。それで、ダビデをすみやかに滅ぼす悪い知恵をアブシャロムに提言します。しかし、結果はどうなったでしょうか? 彼ではなく、ダビデの忠臣フシャイのはかりごとが取り上げられました。フシャイはダビデの密命を受けてエルサレムに入ってきた人で、彼はまず、アブシャロムが自分を疑わないようにしました。そして、アヒトフェルのはかりごとを打ち砕いて、自分のはかりごとが受け入れられるようにして、ダビデ一行の命を助けるという大きい功績を立てます。すべてが神につかさどられたので、善をもって悪に打ち勝ったことが見られます(第二サムエル17:14)。
アヒトフェルは、自分のはかりごとが実行されないのを見て、自分の町の家に帰って行き、首をくくって死にました。彼は賢い人なので、自分のはかりごとでなく、他の人のはかりごとどおりにすれば、アブシャロムがダビデに敗れること、そうすればダビデを裏切った自分は悲惨な最期を迎えることを知っていたので、自殺したのです。
一方、良い知恵があった遊女ラハブはどうでしょうか? <ヨシュア2章>を読むと、ラハブという遊女はエリコ城を偵察しに来たイスラエルのふたりを助けました。自分の家に泊まらせただけでなく、王が偵察に来た人たちを捕らえようと人々を送ると、賢い言葉で彼らをまいて、偵察しに来た人たちを危険から救いだしたのです。ラハブはこのような良い知恵によって、エリコ城が滅ぼされるとき、自分だけでなく両親、兄弟と一緒にいた人々もみな助かりました。このように良い知恵を追い求めると、失敗をまぬかれて困難に打ち勝つことができます。
イエス様も、人々を教えられる時に、良い知恵をもってなさいました。人の心が傷つかないようにしながら、心の奥まで感動と悟りを与える言葉で教えられました。悪い人は悪い心から知恵が出てくるので、相手の心を刺して恥をかかせたりもします。しかし、イエス様は相手を無視したり気を悪くさせたりしなくても、自分で恥ずかしくなって、再び試みられないように賢く振舞われたのです(ルカ10:25-37)。これが善から出てくる知恵です。
神の知恵の中で、ソロモンの知恵を欠かすことはできません。<第一列王記3章>にある、ひとりの子どもを巡るふたりの女の争いについてのソロモンの名判決は、広く知られているすばらしい知恵です。互いに自分の子どもだと主張するふたりの母親に、生きている子どもを二つに断ち切り、分けて持つように命じて、本当の母親が誰なのかはっきりするような裁判をしました。このように良い知恵があれば、ぬれ衣を着せられることもなく、狡猾な人に悟りを与えることもできるし、賢い判断で相手が頭を下げるようにすることもできます。また、ソロモン王のように天下に驚くべき権威を現して、富と誉れを味わうこともできます。
3. 良い知恵を受けるには
心がきよければ、すべての思いが真理から出てきます。<ルカ6:45>に「良い人は、その心の良い倉から良い物を出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を出します。」とあるように、良い心からは良い思いが出て、良い方法、真理の方法が出てくるからです。
人は、ある事を解決するために自分なりに知恵を働かせてみたりします。しかし、悪い心から出てくる思いと方法は良くない結果を生みます。悪はどんな悪でも避けて聖められ、純真な心になったとき、良い知恵が出てくるのです。しかし、心がきよくて純真だからといって、ただ知恵が与えられるのではありません。まず、きよくて純真な心になれば、良い思いをして良い言葉を出して、良い行ないを見せます。このような言葉と行ない、思いが知恵と兼ね合わさって、すべてのことを働かせて益とするので、良い結果をもたらすのです。
たとえば、自分に対して何か過ちを犯した人が訪ねてきたとしましょう。もし、心の中に悪があるなら、その人を責めたり、悪い人だと汚い言葉で追い出したりすることもあるでしょう。しかし、悪を捨てた良い心なら、憎いという感情が先に働くのではなく、相手が立ち返って正しい人になるように導こうとします。その人が自分のしたことの善悪をわきまえられるように、善に基づいて教えようとするでしょう。したがって、「善をもって悟らせなければ」という知恵が与えられます。また、「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」と言われるように、あまりにも追い詰められて逃げ場がなくなった人が、そのような悪を働かさないように善を示さなければならない、という知恵が与えられるのです。そのような良い知恵を通して、その人が善に感動して、これ以上悪を行なわないようにするのです。
このようにきよくて純真な心になれば、善の方法が出てくるし、また、それに必要な知恵が与えられます。それで、<ヤコブ3:17-18>に「上からの知恵は、第一に純真であり、次に平和、寛容、温順であり、また、あわれみと良い実とに満ち、えこひいきがなく、見せかけのないものです。義の実を結ばせる種は、平和をつくる人によって平和のうちに蒔かれます。」とあるのです。
私たちがきよくて純真な心を持ち、上からの知恵を受けるためには、具体的にどうしたらよいでしょうか? 心がきよくて純真だからといって、ただ知恵が与えられるのではない、と言ったので、次は、知恵を受ける方法論が必要です。たとえば「1+1=2」ということを学んでわかったら、次にそのような問題が出てきた時は解けます。ですが、「1+1=2」だと知っているからといって、かけ算とわり算もできるようになるのではありません。それらは、もっと学んでこそ、解けるようになるのです。
したがって、日常生活でも、昔の信仰の人々の知恵を学び、人生に適用することが知恵です。それぞれの出来事についての知恵をよく学び、心の糧とすれば、似たようなことにあったら、聖霊が思い起こさせてくださり、そのとおりに対処するようになさるので、いつも勝利の人生、幸いな人生を歩むことができます。
* まとめと適用
1. <ルカ6:45>をみんなで覚えてみましょう。
2. 知恵とは積み上げた( )を適切に組み合わせて( )することです。
3. 良い知恵は( )から出てきます。心が( )ば、すべての思いが( )から出てきます。
4. ひとりの子どもを巡るふたりの女の争いに対するソロモンの名判決について、話し合ってみましょう。
5. 今まで生きてきて、良い知恵によって祝福されたことを分かち合ってみましょう。
* 今週の課題
「義人は信仰によって生きる。」という聖句はどこに出てくるでしょうか? 探してみましょう。
* 「知恵」についての聖句を覚えて、力にしましょう!
<箴言11:30>正しい者の結ぶ実はいのちの木である。知恵のある者は人の心をとらえる。
<箴言14:8>利口な者は自分の知恵で自分の道をわきまえ、愚かな者は自分の愚かさで自分を欺く。
<箴言16:16>知恵を得ることは、黄金を得るよりはるかにまさる。悟りを得ることは銀を得るよりも望ましい。
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