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聖書の学び メッセージ > 聖書の学び
聖書の学び
Title
   第12課 「祝福」  
Speaker
   堂会長 イ・ジェロク 牧師
Bible
   
Date
   2009-03-20


読むみことば: 創世記12:1-4
覚えるみことば: 創世記15:6
参考にするみことば: 申命記28:1-12


教育目標

信仰の父アブラハムが神に大いに愛されて祝福された理由を知り、彼の信仰にならって祝福の主人公になる。

神に最も愛されて、最も祝福された人のひとりとして、アブラハムが挙げられます。信仰の父となり、その名が祝福となって「神の友」と呼ばれたからです。このように神がアブラハムに大きい愛と驚くべき祝福を下さった理由は何でしょうか? アブラハムの生き方を通して調べてみましょう。


1. 信仰を義と認めて、祝福なさる神

神は計画された摂理を成し遂げるために、どの時代にもふさわしい人を立てて、人類の歴史を導いておられます。そのうちのひとりがアブラハムです。神の御前に柱のように用いられる人は、心遣いや神への心がふつうの人とは非常に違うことが見られます。
それでは、神がアブラハムを選んで祝福された理由は何でしょうか? <創世記15:6>に「彼は主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。」とあります。彼の信仰を義と認められたのです。アブラハムは神が命じられれば直ちに聞き従い、一度言われたことはいくら状況が変わっても、決して疑わないで信じました。神が「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。」(創世記12:1)と言われると、そのまま従います。アブラハムは神がなぜそう言われるか理解できなかったとしても、自分の思いを働かせないで、条件をつけないで、直ちに従いました。
肉の思いを働かせる人にとって、生活の基盤と家族や親戚を後にして、目的地も決められず、見知らぬ所に向かって理由もなく離れることは決してやさしくありません。しかし、神はアブラハムの器をご存じだったので、彼によって大いなる民族を作ることと、その名が祝福となることを約束されました(創世記12:2)。「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。」と言われ、地上のすべての民族は彼によって祝福されると約束されたのです(創世記12:3)。また、彼の子孫が天の星のように多くなることを知らせてくださいます(創世記15:4-5)。


2. 訓練によってふさわしい器をお作りになる神

このように夢とビジョンを下さった神はアブラハムが訓練を受けるよう許されます。神の約束を成就するためには、訓練によってふさわしい資質を備えなければならなかったからです。この時、彼は訓練を受けながらも、ただ「アーメン。そうします」とだけ言いました。自分の思いを働かせなかったし、自分の益を求めなかったし、欲や憎しみ、そねみ、ねたみもありませんでした。神が下さった祝福のみことばを信じて耐え、決して不平を言ったり、恨んだりしなかったのです。
すると、神がさらに驚くべき祝福のみことばを下さいます。「わたしは、この、わたしの契約をあなたと結ぶ。あなたは多くの国民の父となる。あなたの名は、もう、アブラムと呼んではならない。あなたの名はアブラハムとなる。わたしが、あなたを多くの国民の父とするからである。」(創世記17:4-5)
神は訓練の中でも脱出の道を与えて、すべてのことを働かせて益としてくださいます。<創世記12章>で、アブラハムは妻のサラが非常に美しかったので、ひょっとしてエジプト人が自分を殺すのではないかと思いました。それで、妻を妹と偽って、神に頼るよりは肉の思いを働かせました。結局、エジプトの王パロに妻を奪われたアブラハムはこれを通して大きい悟りを得て、神にすべてをゆだねられる信仰が与えられました。すると神はパロとその家に災害を下して、王はすぐにサラを送り返します。たとえ人の方法を使って途方もないことを経験したとしても、アブラハムは害を受けなかったし、むしろ相当な財産を得ました。
<創世記12:3>で約束されたとおり、王でも彼をむやみに扱えず、行く所はどこでも神の祝福が臨みました。このように、神は聞き従う人には訓練の中でも脱出の道を与えられます。みことばどおり行なって義を守る人には、どんな困難が迫ってきても、すべてのことを働かせて益としてくださいます。目の前の現実は厳しくて、苦境に立たされたようでも、結果を見るとむしろ祝福なのです。
このようにアブラハムは神に聞き従って、信仰を見せたので、訓練中でも祝福されました。その当時、カナンの地では水が非常に貴重でしたが、アブラハムが行く所ではどこでも水が豊富で、家畜と銀と金とが非常に多かったのです。おいのロトがとりこになったとき、アブラハムが彼の家で生まれたしもべ三百十八人を率いて行ったことだけ見ても、どれほど豊かだったのかがわかります。神のことばに聞き従うアブラハムのおかげで、その地と周りの地域はもちろん、一緒にいた人まで祝福されました。
それだけでなく、周りの国の王たちに尊ばれて、富と名誉、権力、健康、子どもなど、この地上で受けられるすべての祝福を受けました。<申命記28章>に書かれているとおり、はいるときも、出て行くときも祝福される人になったのです。このように信仰の父としてその名は祝福となり、神の心を深く推し量り、その心を分かち合う神の友になったのですから、どれほど大きい祝福でしょうか。


3. アブラハムの器の出来

アブラハムが神から驚くほど祝福された理由は、彼の心の器の出来が良かったからです。それで、彼の人生で<第一コリント13章>の霊の愛と、<ガラテヤ5章>の御霊の九つの実を結んで、神に栄光を帰しました。
たとえば、彼はすべてを善と「愛」をもって行ないました。誰かを嫌ったり、敵になったりしなかったし、相手の過ちを暴くこともなかったし、すべての人に仕えました。また、「喜び」の実が結ばれていたので、どんな訓練がやって来ても、悲しんだり憤ったりしなかったのです。神を完全に信頼したので、いつも喜んでいました。
アブラハムはすべての人との関係で「平安」でいられました。妻サラとそばめのハガルの間でもいつも平和を追い求めて、目下の人でも目上の人でも、または家族でも、すべての人との平和を追い求めました。自分の生活の中で起きることについて、感情的になったり、偏った処理をしたりしないで、「寛容」であり、神の声を聞く人になりました。
その他にも、アブラハムは霊的な「親切」の実も結んだ人でした。おいロトと一緒に住むことができなくなったとき、自分は叔父であっても、おいに選択権を与えました。「もしあなたが左に行けば、私は右に行こう。もしあなたが右に行けば、私は左に行こう。」と、良い地を選ぶように譲りました。ほとんどの人は目上の人が当然先に良いほうを選ぶべきだと言うでしょうが、アブラハムは譲りました。
また、彼は「善意」の実を結んでいたので、おいのロトがソドムの地とともに滅ぼされる危機に置かれると、彼らの代わりに神に祈り求めました(創世記18:22-32)。その結果、正しい者十人だけいても滅ぼさないという神の約束をいただきました。しかし、ソドムとゴモラには正しい者十人がいなくて、結局、滅ぼされます。この時も、神はアブラハムのことを考えて、ロトを救ってくださいます。
アブラハムは百歳で得たひとり子イサクを、神のことばに従って全焼のいけにえとしてささげるほど「誠実」な者でした。また、息子を教える時も、しもべたちと隣人との関係でも、落ち度なく全家を通じて忠実でありました。誰とも引っかからないで平和をつくり、「柔和」で、人に施しをして、もてなすことを楽しみました。すべてにおいて「自制」できたので、一生の間、軽率な行ないをしたり、行き過ぎになったりすることがありませんでした。
私たちも、アブラハムのように祝福される人になることは決して難しいことではありません。自分の思いが先に立つからうまくいかないのです。神に全面的にゆだねて、頼って、聞き従えば、アブラハムとともにおられた神が責任を負って、幸いな道へと導いてくださるのです。神はアブラハムが受けた祝福をすべての神の子どもたちが受けることを願われます。それで、聖書に詳しく記しておかれたのです。アブラハムの信仰にならって祝福の主人公になりますよう、主の御名によって祈ります。


* まとめと適用

1. <創世記15:6>を一緒に覚えてみましょう。

2. アブラハムのように、聞き従うことができないことを信仰で聞き従っているでしょうか? 「聞き従うことは、いけにえにまさる」と言われた神に証しで栄光を帰したことがありますか?


* 今週の課題
「神に逆らう罪」とはどんな罪でしょうか? 考えてみましょう。


* 「用語」を知って力にしましょう!
「器の出来」とは?
私たちの心の器がどうかということを「器の出来」と言う。<第二テモテ2:20-21>には、心の器の材質として、金の器、銀の器、木や土の器などが挙げられている。器の出来は、神のみことばをどんな心で受けて、聞いたみことばをどのように心に刻んで行なっていくかによって決められる。金のように変わらない心を持った人は、器の出来が良いだけに、すみやかに聖められ、霊的な力もより大きく現せる。器の出来は、まず心の地を耕して良い地にして、みことばを熱心に聞いて、よく心に刻んで行なうほどさらに良くなる。そのような人にはアブラハムのように驚くべき祝福が臨む。

 
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