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メッセージ >
聖書の学び
Title
第38課 十ミナのたとえ
Speaker
堂会長 イ・ジェロク 牧師
Bible
Date
2008-09-19
読むみことば: ルカ19:11-27
覚えるみことば: ルカ19:26
教育目標
聖霊を下さった神に感謝し、霊の商売をよくして完全に聖められ、神に喜ばれる。
よく十ミナのたとえがタラントのたとえと同じだと思う人がいますが、これはそれぞれ違う霊的な意味を持っています。タラントのたとえは、それぞれの能力をもってどれほど使命をよく果たしたかによって、将来、天国で主に認められる程度が違うという意味です(マタイ25:15)。使命を果たすためには、肉的な能力だけでなく、霊的な意味の賜物がなければなりません。それが「信仰、希望、愛」です。それでは、十ミナのたとえには、どんな霊的な意味が含まれているのでしょうか?
人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです(ルカ19:10)。
本文の背景を見れば、イエス様が取税人ザアカイを救ってくださり、「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」と言われます。そして、続けて十ミナのたとえで、救いについてさらに詳しく説明してくださいます。
本文11節に「人々がこれらのことに耳を傾けているとき、イエスは、続けて一つのたとえを話された。それは、イエスがエルサレムに近づいておられ、そのため人々は神の国がすぐにでも現われるように思っていたからである。」とあります。イエス様が「エルサレムに近づいておられた」とは、今、十字架につけられて死なれて、救いの道を完成する時が近づいて来たという意味です。人々はイエス様がこの世の権勢を持ったメシアになられると期待したので、神の国がすぐにでも現われると思っていました。ところが、このような人々の期待とは違って、神の国はそのように現れるのではないので、イエス様は十ミナのたとえで真理を悟らせてくださるのです。
ある身分の高い人が、遠い国に行った。王位を受けて帰るためであった(ルカ19:12)。
それでは、十ミナのたとえには、どんな霊的な意味が含まれているのでしょうか?
「ある身分の高い人が、遠い国に行った。王位を受けて帰るためであった。彼は自分の十人のしもべを呼んで、十ミナを与え、彼らに言った。『私が帰るまで、これで商売しなさい。』」とあります。「身分の高い人」とはイエス様のことです。イエス様は神の御姿であり、神の御子としてこの地上に来られたけれど、十字架を負う前は、救い主として王位を受けられなかったので、「身分の高い人」と表現したのです。
「ミナ」とは銀を量る単位ですが、ここでは聖霊を意味しています。身分の高い人が遠い国に行く時にしもべたちにミナを分け与えたように、主が復活、昇天されて少し経ってから聖霊が来られました。ひとりが同じように一ミナずつもらったように、イエス様を信じる人は同じように一つの聖霊を受けます。「タラント」とは霊的に信仰、希望、愛を意味するので、人によって二タラント、五タラントをもらいましたが、ミナは聖霊なので、一つしか受けることができません。
「身分の高い人が王位を受けに遠い国に行った」とは、天国に行かれたという意味です。主は十字架で死なれて三日目によみがえり、父なる神のところに行って王の王になられ、この地上に来られました。本文を見ると、彼はミナを与えた後、旅立ちました。ところが、主は復活、昇天して王位を受けられた後、私たちに聖霊を父のもとから遣わしてくださいました。
それでは、なぜ聖書では、身分の高い人がミナを与えた後に「王位を受けに遠い国に行った」と書いてあるのでしょうか? その理由は、ここで言う「王位」がイエス様ご自身のためのものでないからです。ここでは、救われた神の子どもたちの王位のことを言っているのです。主はよみがえって王位をすでに受けられましたが、聖霊を受けた神の子どもはこの世にからだがあるので、まだ王位を受けてはいません。敵である悪魔・サタンが働いているこの世で人間耕作を受けて、神のかたちを取り戻しているところです。主が空中に下って来られて、私たちが霊のからだに突然に変えられるとき、はじめて霊とたましいとからだまで完全に取り戻すのです。
イエス様は続けて「私が帰るまで、これで商売しなさい。」と言われましたが、これは、主が来られる時まで、聖霊で商売しなさいという意味です。[マタイ13:44]に「天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います。」とあります。「持ち物」とは、肉の欲と目の欲と暮らし向きの自慢など、肉に属するものを言います。これらを売り払うほど、良い心の地になり、何を蒔いても良い実を刈り取るようになります。また、霊に変えられたほど、すばらしい天国に入れます。
このように、心の中にある肉に属するものを売って、御霊に属する良い心になることが霊の商売です。主が天国に行かれて、神が遣わしてくださった聖霊は、神の子どもたちが霊の商売がよくできるように助けてくださいます。聖霊に助けられて罪の性質と肉を脱いで、神のかたちを取り戻していくのです。
身分の高い人が王位を受けて帰って来たとき(ルカ19:15)
身分の高い人が王位を受けて帰って来たとき、しもべたちがどのように商売をしたか聞きます。あるしもべは一ミナで十ミナをもうけたので、「よくやった。」とほめて、十の町を支配する権威を与えます。また、他のしもべは一ミナで五ミナをもうけましたが、ほめはしないで「五つの町を治めなさい」と言います。
タラントのたとえでは、五タラントと二タラントをもうけた人に、主は同じようにほめられました。能力がたくさんある人も少ない人も、最善を尽くして倍をもうけたからです。
それでは、一ミナで十ミナをもうけたことと、五ミナをもうけたことには、どんな違いがあるでしょうか?
十ミナをもうけた人は、聖霊を受けて肉の行ない、肉的なことをすべて捨てて、完全に聖められたので、主がほめて十の町を与えられたのです。「十の町」とは、完全に聖められた人が入れる三天層のことです。さらに全家を通じて忠実だった人は、三天層の中の新しいエルサレムに入ります。そして、五ミナをもうけた人には五つの町を治めなさいということは、その人が50%以上は神のみことばどおり行なったので、信仰の三段階、すなわち、二天層に入るようになるという意味です。
最後に、一ミナを持っていた人が来て「ご主人さま。さあ、ここにあなたの一ミナがございます。私はふろしきに包んでしまっておきました。」と言います。彼はまったく商売しようともしないで、持っていただけでした。そして、「あなたがきびしい方なので恐ろしかった」と弁解します。主は彼に「悪いしもべだ。私はあなたのことばによって、あなたをさばこう。あなたは、私が預けなかったものを取り立て、蒔かなかったものを刈り取るきびしい人間だと知っていた、というのか。」と叱責されます。このような人は、聖霊を受けても、罪と戦って捨てないで、肉の行ない、肉的なことを相変わらず行なう悪者のことです。彼らは神を「恐ろしい神」「懲らしめられる神」だと誤解して、患難がやって来ると「神が打たれた」と言います。これが、一ミナを受けたけれど、商売はしなくて悪いことを言う人の姿なのです。
だれでも持っている者は、さらに与えられ、持たない者からは、持っている者までも取り上げられるのです(ルカ19:26)。
主は、悪いしもべから一ミナを取り上げて、十ミナを持っている人にやりなさいと言われ、「だれでも持っている者は、さらに与えられ、持たない者からは、持っている者までも取り上げられるのです。」と言われました。一ミナを受けて十ミナをもうけた人、すなわち、聖霊を受けて罪を完全に捨てて聖められた人は、神への愛でぎっしり満たされています。ただ神の国のために忠実で、どうすれば主に喜ばれて神に栄光をささげられるだろうかと考えるので、熱心に走って行きます。ですから、神はその人の願いに答えて、豊かな祝福を下さるのです。
しかし、悪い人は、罪を指摘するメッセージを聞いても、悔い改めようとしません。説教を聞いて、みことばに心を刺されて反発します。「また私のことを言っているのだろう!」とさばいて気を悪くします。このように、聖霊を受けたとしても、自分の持っている悪のゆえに、御霊の願うことに従わないで、肉の願うことに従っていけば、御霊が消されることもあります。
このような人々について、[ヘブル6:4-6]に「一度光を受けて天からの賜物の味を知り、聖霊にあずかる者となり、神のすばらしいみことばと、後にやがて来る世の力とを味わったうえで、しかも堕落してしまうならば、そういう人々をもう一度悔い改めに立ち返らせることはできません。彼らは、自分で神の子をもう一度十字架にかけて、恥辱を与える人たちだからです。」とあります。
[ルカ19:27]には「私が王になるのを望まなかったこの敵どもは、みなここに連れて来て、私の目の前で殺してしまえ。」とあります。ここで「殺す」とは、御霊の人になるための商売をしなければ、受けた聖霊まで取り上げられて、救われないという意味です。イエス様が救い主になられることを望まない人々は、イエス様の時代だけでなく、現在もいます。このような人々は、結局殺されます。つまり、第二の死、地獄で永遠に苦しむようになるのです。
ところが、ここで正しく悟らなければならないのは、彼らがイエス様が救い主になることを望まなかったので殺されるのではない、ということです。罪人はもともと律法の呪いを受けて殺されることになっています。神はこのような罪人たちも救われるように、そのひとり子イエス様をこの地上に遣わしてくださいました。けれども、このような神の愛を無視して、イエス様が救い主であることを信じない人は依然として救われない、ということです。[ヨハネ3:18]に「御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。」と書かれているとおりです。すでに彼らはさばかれているのです。
したがって、イエス・キリストを信じて、救いの恵みをいただいた皆さんは、父なる神の愛にいつも感謝して、十ミナ以上をもうけるまで、聖霊によって熱心に商売されますように。
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