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聖書の学び メッセージ > 聖書の学び
聖書の学び
Title
   第9課「世の光と塩になろう」  
Speaker
   堂会長 イ・ジェロク 牧師
Bible
   
Date
   2019-03-01


読むみことば: マタイ5:13_16
覚えるみことば: マタイ5:13
参考にするみことば: 箴言8:17
教育目標: 世の光と塩の役割を果たす人はどんな姿になるべきかを悟り、福音宣教の使命を完全に果たすようにする。

マタイの福音書5章で、イエス様が弟子たちに「あなたがたは地の塩、世界の光です。」と言われ、「人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」と言われました。
罪と悪がはびこっていて、霊的に暗やみの中で生きていく人々を明るい光に導くには、世の光と塩にならなければなりません。塩が自分を完全に溶かして味をつけるように、神の子どもたちが自分を低くして真実の愛と仕えで世の人々に近づいてこそ、福音を伝えることができます。また、世の光になって良い行いで神をあがめるようにしてこそ、福音宣教の使命を完全に果たすことができます。
それでは、世の光と塩の役割を果たす人は具体的にどんな姿になれば、福音宣教の使命を完全に果たせるでしょうか。

1. 言葉と行いが完全でなければなりません

口から出る言葉とうわべに現れる行いは他人に最も先に照らされる部分です。言葉と行いが完全であってこそ、多くの人々の前で光になることができ、その人たちを悟らせることができます。
<箴言15:4>にも「穏やかな舌はいのちの木。偽りの舌はたましいの破滅。」とあります。霊的に「穏やか」とは「すべての面において良いもので満たされていること」を意味します。木にたとえれば、善によって完全に結ばれた、よく熟した実のようです。したがって、「穏やかな舌」とは「善によって完全に結ばれたことを言う舌」と言えます。
心が良くて言葉も完全なら、誰もつらくさせません。このような人の周りには悪いものがなくなるので、平安になって美しくなります。これは光が臨むと闇が退くようなものです。福音を伝える人が穏やかな舌を持っているなら、その人から出て来る光によって伝道対象者の心と思い、環境から暗やみが退きます。そうして福音を聞いて、永遠のいのちの道に導かれることができるので、「穏やかな舌はいのちの木」とあるのです。
「光」とは、存在するだけでも闇は消えて、周りにいのちになります。「穏やかな舌」「穏やかな言葉」がまさにこのような光の役割をするからです。皆さんもいる所で穏やかな光を照らせば、自然に周りの闇は退いて、主を信じない人々がだんだんと光の中に出て来ることができます。
反対に、「偽りの舌はたましいの破滅。」とあります。偽りとは「言葉や行いが道理に外れていて、悪いこと」を意味します。程度を超えた不道徳な言葉や行い、すなわち、偽りの言葉と行いは相手の心を傷つけます。
ひとりでも多く地獄に行ってほしくないと思う切なる心で伝道していて、ひょっとして相手の心を傷つける言葉や行いが出て来なかったでしょうか。自制しないで、美しくない言葉と行いのせいで伝道の戸が閉じられたり、多くの分野で神の栄光を遮ったりはしなかったのか、チェックしてみなければならないでしょう。
伝道する時だけでなく、普段の自分の姿の中でも、相手の状況を考えないで、自分の立場だけを強く主張したりはしなかったでしょうか。険悪な言葉や暗に相手を下に見る高慢な言葉は出さなかったでしょうか。このような人は誰かをいのちに導きにくいのです。ですから、言葉と行いが完全で、多くの人にほめられますように。
「あの人は本当に神様をちゃんと信じている人だ。あの人を見ると私も教会に行きたい。」また、教会に通っている人が見ても「本当に恵みを与える人だ」と言われなければならないでしょう。世の光と塩になるには、何かの言葉を口に出す時としても、それが利益になる言葉なのか、自分がどうしても言うべきことなのかを考えなければなりません。また、ある事をする時も、多くの人に恵みを与える行いが出て来なければならないでしょう。言葉と行いは心から出るものなので、心が真理で満たされている御霊に属する心になるほど、霊的な言葉、霊的な行いが出て来るのです。
もし感情的に思い浮ぶまま言葉を出し、荒々しい行いが出て来たら、神の栄光を遮るだけでなく、多くの人をいのちに導くことも難しいのです。良い、御霊に属する心を所有して、皆さんの口を通して出て来た良い言葉が相手にも感動を与え、その人たちをいのちの道に導くことができますように。

2. 神に愛されている証拠がなければなりません

神に愛されている証拠とは、神を見つけて祝福された姿がなければならないということです。「主を信じる前は貧しくて病気で苦しんでいましたが、今は神様を見つけて、神様の力で豊かになって健康になりました。」「前はもつれた問題がたくさんあったけれど、今は父なる神様に愛されているので、栄える人に変えられました」という証拠がなければなりません。このように自分が主を信じて、生ける神を見つけて愛されている証拠が現れてこそ、神を信じない人だけでなく、信仰が少ない人々にも恵みを与えることができるのです。
それで、神に愛されている証拠はとても重要です。神を信じると言いながら、顔に憂いがあれば、「神様を信じたら祝福されます。教会に通えば幸せになります」と言えないのです。貧しさや試練で苦しんでいるのに、「神様を信じれば祝福されます」と伝えられるでしょうか。神を信じるので愛されて祝福される証拠があってこそ、大胆に伝道できるのです。
神に愛されている証拠があるには「愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。」(IIIヨハ2)とあるように、まずはたましいに幸いを得ていなければなりません。神が「愛する者」とお認めになるほどたましいに幸いを得ていてこそ、すべてのことに幸いを得、健康である祝福も頂けるのです。
神の御目にたましいに幸いを得ている人は、肉の欲に従って生きないで、御霊に従って生きていく御霊の人です。自分の心に責められることがないほど、真理である神のことばのとおり生きていく人は、大胆に神の御前に出ることができ、求めるものは何でも答えられます(Iヨハ3:21_22)。
聖書を読めば、神に愛される方法がよく記されています。<箴言8:17>にも「わたしを愛する者を、わたしは愛する。わたしを熱心に捜す者は、わたしを見つける。」とあります。ですから、戒めを守って神をさらに愛し、永遠に愛を分かち合えるまことの子どもになってこそ、神に愛されている証拠があふれ、世の光と塩の役割をよく果たすことができるのです。

3. 互いの間に仕えがなければなりません

ヨハネの福音書13章で、イエス様は渡される夜、夕食の席から立ち上がって弟子たちの足を洗ってくださったことで、仕えの模範を示してくださいました。そして、「それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです。」と言われました。また、「もし互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」と言われました(ヨハ13:14_15、35)。このようなイエス様の教えのように、皆さんの中に愛があふれ、愛の最も美しい表現の一つである互いに仕える姿が見られることだけでも、世の光になることができます。
私たちが伝えて叫ぶ福音の核心は何でしょうか。神が罪人を救おうと、ひとり子イエス様が代わりに死ぬようになさるまで罪人を愛する証拠を見せてくださった、ということです。このような神の愛を信じて、イエス・キリストを救い主として受け入れるとき、救われる、ということです。
もし神の愛、主の十字架の愛を伝える人々の中に、互いに仕えて愛し合う姿ではなく、むしろけんかや内輪もめ、わだかまりがあれば、「愛の福音を伝える人々がどうしてああなのか」と非難されることもあります。
したがって、福音宣教の使命を完全に果たすには、互いに気を配って仕える愛の関係がよく形成されていなければなりません。さらに、いつも正しい道を歩み、愛と仕えで一つになってこそ、豊かな実で神に栄光を帰すことができるのです。


* まとめと適用
1. 私たちが福音を伝える者の使命をよく果たして豊かな実を結ぶためにはどうすべきでしょうか?
①言葉と行いが( )でなければならない。
②神に愛されている( )がなければならない。
③互いの間に( )がなければならない。
2. 神に愛されている証拠があるためにはどうすべきでしょうか?

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* 今週の課題
次回から3回にわたって「神のすべての武具をとりなさい」を学びます。<エペソ6:10_18>を読んできましょう。


* 知って力にしましょう!
「御霊に従うこと」
救われた神の子どもたちを真理に導かれる御霊の願われるとおりに行うことを言う(ガラ5:16~17)。つまり、御霊によって霊が生まれるようにすることである。御霊は救われた聖徒たちの心におられて、罪と義とさばきについて教え、肉の願うことに従って罪を犯すのではなく、真理によって行うように導かれる。このように御霊に従って、御霊によって霊が生まれるほど、御霊が喜ばれるので心に平安と喜びが臨む。反対に肉の願うことに従えば、御霊がうめかれるので満たされなくなり、御霊に従って行う力もだんだん弱くなる。

 
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