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聖書の学び メッセージ > 聖書の学び
聖書の学び
Title
   第3課「悪い行いから立ち返れ」  
Speaker
   堂会長 イ・ジェロク 牧師
Bible
   
Date
   2014-01-24


読むみことば: エレミヤ25:1_5
覚えるみことば: 第一テサロニケ5:22
参考にするみことば:ガラテヤ5:19_21
教育目標:神が嫌われる悪い行いから離れて、ただ真理どおり行って答えられ、祝福される主人公になるようにする。

今日、神を信じるという人々の中には、真理のみことばどおり行わないで、自分の思いのままに生きていく人が本当に多いです。したがって、神が言われる悪い行いの結果は何であり、また立ち返るとき与えてくださる祝福は何か調べてみます。


1.悪い行いから立ち返ることを望んでおられる神

[エレミヤ25:1_5]で、【主】のことばが預言者エレミヤに臨んで、ユダの民に向かって、悪い行いから立ち返るように言われています。当時、北イスラエルはすでにアッシリヤによって滅ぼされた後でした。ところが、南ユダまで悪い行いのため神の激しい怒りが臨もうとすると、涙の預言者エレミヤがこれをもどかしく思って、悪い行いから立ち返るようにと叫んで言い続けたのです。
神が最も嫌われたのは、まさに霊的な姦淫でした。ここで「姦淫」とは、神を信じて従いなさいと言ったのに、むしろ神を離れて、石や木で造った他の偶像を拝むことを言います(エレミヤ3:8_10)。神が他の神を拝むことや偶像に仕えることが罪だと言われたにもかかわらず(出エジプト20:3_5)、彼らはみこころに背いて、反対のほうへ行ったのです。
また、ユダの民が彼らの日々の生活の中で神の栄光を現すことを願わないで、いろいろな罪を犯すことを神は喜ばれませんでした。それで、【主】のみことばがエレミヤに臨んで、二十三年間、彼らの罪を指摘して立ち返れと叫びましたが、彼らはかえってエレミヤを殺そうとしました(エレミヤ38:4_6)。
今日、家庭、学校、職場、その他のすべての社会生活においても、立ち返らなければならないことが非常に多いです。家庭を見れば、私たちは家族の一員としておのおのに要求されることがあります。「互いに仕えよう」とか「互いに喜ばれることを行おう」などです。ところが、そうならないので、同じ言葉が繰り返されて、かんしゃくを起こすことがしょっちゅう起こるのです。
たとえば、夫が毎日職場の同僚たちとつき合って、酒に酔って家に帰って来るなら、家族がどれほど苦しみを受けるでしょうか。これは家庭だけではなく、神と私たち人との関係でも同じです。
現代社会を見れば、罪がはびこっていて、さまざまな詐欺、姦淫、殺人、暴行、麻薬、誘拐、人身売買など、数多くの悪い行いが起きていますが、これは当然捨てなければなりません。
それでは、信仰のある人々には悪い行いがないでしょうか? そうではありません。主にあっても大小の罪を犯す場合が多いのですが、そのうち大きい悪い行いが「肉の行い」です。[ガラテヤ5:19_21]に「肉の行いは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。・・・・・・こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。」とあります。
この他にも、神の子どもたちが簡単に犯す罪には、ねたみ、そねみ、そしり、さばくこと、罪に定めること、憎しみ、姦淫、偽りなどがあります。祈らないことも犯しやすい罪の一つです。神は祈るのをやめることも罪(第一サムエル12:23)だと言われ、「絶えず祈りなさい」「目をさまして祈りなさい」と言われました。
もし私たちがこのような罪から立ち返らなければ、いろいろな苦しみと訓練、試練や患難が伴います。そして、明白な肉の行い、すなわち、不品行と好色、偶像礼拝、争い、遊興などの罪を犯し続けていけば、「罪から来る報酬は死」とあるように、救われないのです(ローマ6:23)。
このように悪い行いから立ち返らず、あらゆる災いにあった代表的な人が、まさにエジプトの王パロです。


2.エジプトの王パロを通して得る教訓

イスラエルの民がエジプトで奴隷生活をしていた時のことです。神はこの民の叫びに答えて、モーセを彼らを救い出す者として遣わされます。つまり、モーセを指導者としてお立てになり、イスラエルの民をエジプトから連れ出して、乳と蜜の流れるカナンの地に導いてくださろうというのでした。それで、モーセとアロンはパロに神のしるしを見せて、神が自分たちを遣わされたことを知らせます(出エジプト7:9_10)。
それでもモーセの言葉を聞かないので、神はパロが悟って立ち返れるように、エジプトに十の災いを下されます。第一はエジプトのすべての水が血になるようにする災いであり、第二はかえるの災い、第三はぶよの災いです。第四はあぶの群れの災いであり、第五は疫病の災い、第六は腫物の災いです。第七は雹の災いであり、第八はいなごの災い、第九はやみの災い、第十は初子の災いであって、いのちまで取って行かれるのです。
パロは第十の災いにあった後はじめて、イスラエルの民がエジプトから出て行くことを許しましたが、すぐ心が移り変わります。神はすでにパロの心がまた変わることをご存じだったので、イスラエル人が急いで出発できるように用意させておかれました。全エジプトの人々も今はイスラエル人が早く去ってほしいと思いました。
ところが、いざイスラエル人がみな去って行くと、パロはまたもや心が変わって、急いで戦車に乗ってイスラエルの民の後を追跡しました。その結果、葦の海を渡っていたエジプト軍が戦車とともに葦の海の中に水葬されてしまったのです。
はたしてパロ王を通して私たちが悟らなければならないことは何でしょうか? 神のみこころを知って聞き従えば祝福であり、反対に聞き従わなければ災いが臨むようになるということです。神が立ち返れと言われたとき、すぐ立ち返ればそれほど損失が少ないけれど、立ち返るのに時間がかかるほど多くの損失をこうむるのです(『逆らう人生と聞き従う人生』参照)。


3. 悪い行いから立ち返るとき臨む祝福

私たちが立ち返る時には、まことに立ち返らなければなりません。一度心から立ち返ろうと決心したなら、最後まで行かなければないのです。世の人はあることを決心しても、三日坊主のことが多いです。しかし、神の子どもたちは聖霊がうちにおられるので、祈って上から恵みを与えられて強くされれば、守っていけます。
ところが、立ち返るようでいて、また心を変えるということが続いたら、これは立ち返ったのではありません。聖書には、たとえ神の御前に罪を犯したとしても、悟ったあとすぐ立ち返ったダビデ王のことが記されています。
ダビデ王は部下の隊長ウリヤの妻と寝る姦淫罪を犯しただけでなく、策略を巡らして正しい人であるウリヤまで殺す殺人罪を犯しました(第二サムエル11:2_27)。しかし、預言者ナタンが来て罪を指摘すると、直ちに悔い改めました(第二サムエル12:1_23)。悔い改めて赦されましたが、罪の報いとして大変な訓練が伴います。この時、ダビデはへりくだった心で訓練を受けて、立派な王になれる器になりました。
ヒゼキヤ王はどうだったでしょうか? 第二列王記20章には、ヒゼキヤ王が死ぬ病気にかかったことが記されています。ヒゼキヤは初めは【主】の御目にかなうことを行いましたが、歳月が経つうちにますます高ぶるようになりました。それで、預言者イザヤから「あなたは死ぬ。直らない。」と神の厳しいみことばを聞くようになったのです。ヒゼキヤは罪から立ち返って、たましいを砕いて罪を告白しました。すると神は彼のいのちを十五年も加えてくださったし、アッシリヤ王の侵略から町を守るという祝福の約束まで下さいました。
このように、神に対して罪を犯したら、直ちに完全に立ち返らなければなりません。神が東のほうへ行きなさいと言われたのに、西のほうに行っているなら、完全に向きを変えて東のほうへ行かなければなりません。時々また西のほうへ行くなら、どうして立ち返ったと言えるでしょうか。心に決めたことは移り変わらないで守り行ってこそ、神が憐れんでくださるので、恵みが臨んで答えられるのです。
[第一テサロニケ5:22_23]に「悪はどんな悪でも避けなさい。平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。」とあります。
ですから、悪から立ち返って、悪はどんな悪でも避けて、ただ真理どおり行い、私たちの主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、霊、たましい、からだが完全に守られますように。


●まとめと適用

1.罪を犯したユダの民に、二十三年間も彼らの罪を指摘して立ち返れと訴えた涙の預言者は誰でしょうか?(    )

2.たとえ罪を犯したとしても、徹底的に立ち返ってから、イスラエルの歴史上最も立派な王になった人は誰でしょうか? 次から選びなさい。
①サウル王 ②ダビデ王 ③ソロモン王 ④アハブ王

3.死ぬ病気になったとき、顔を壁に向けてたましいを砕いて罪を告白し【主】に涙で祈ったあと、十五年もいのちを加えられた王は誰でしょうか?(    )

4.神の国を相続することがない悪い行いについて、[ガラテヤ5:19_21]を参照して書いてください。
「肉の行いは明白であって、次のようなものです。

________________________________________________________________________

________________________________________________________________________

です。(中略)こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。」


●今週の課題

聖書には神様が人や国を滅ぼされる場面が記されています。神様は愛の豊かなお方なのに、どうしてこんなことをされるのでしょうか? どんな時にそうされるのでしょうか? 次回までに考えてきましょう。


●「人物」を知って力にしましょう!

「預言者ナタン」
ダビデとソロモン時代に活動した預言者である。ダビデが神の宮を建築しようとしたとき、ソロモンに建てさせることと、ダビデの子孫を立ててダビデの国を堅く立てるという神のことばを伝えた。ダビデがウリヤという隊長の妻バテ・シェバと寝て、ウリヤを戦場に送って死ぬようにした罪によって、神の懲らしめが臨むことを警告した。アドニヤが反乱を起こして王になろうとしたとき、預言者ナタンはソロモンが王になるようにバテ・シェバとともにダビデのもとに行って、王の後継者について助言した。

 
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