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聖書の学び メッセージ > 聖書の学び
聖書の学び
Title
   第41課 「義のために迫害される者」  
Speaker
   堂会長 イ・ジェロク 牧師
Bible
   
Date
   2009-10-09


読むみことば: マタイ5:10-12
覚えるみことば: マタイ5:10
参考にするみことば: 第二テモテ3:12


教育目標

神を信じる人々が信仰生活をしながら受ける迫害の種類と、これに対処する方法を知る。

聖書を読むと、神のことばどおり生きていく義人が迫害されることが見られます。敵である悪魔・サタンが自分に属する世の人々を操って、光に属する聖徒を妨げるのです。主を信じて神のみことばどおりに生きるのは、霊的に光に属することですが、この世の主人は暗やみの支配者である敵である悪魔・サタンだからです。


1. 義のために迫害されると

ローマ帝国の迫害によって数多くのクリスチャンが殉教したローマのコロセウムは、当時としては驚くほどの規模の建物でした。多くの聖徒がこのコロセウムでライオンの餌食になりました。飢えたライオンが聖徒たちに飛びかかったけれど、彼らは少しも死を恐れず、むしろ賛美しながら死んでいきました。するとローマの市民は、時間が過ぎるにつれて、なぜイエス・キリストを信じる人々は恐れることなく賛美しながら死んでいくのか、彼らが信じているイエス・キリストが誰なので、死も辞さずに信仰を守るのかという疑問を持ち始めます。それで、多くの人がイエス・キリストを知ろうとして、徐々に福音を受け入れるようになりました。後にはコンスタンチヌス皇帝の母もイエス・キリストを信じるようになり、ついに皇帝がキリスト教をローマの国教に定めます。
このように、聖なるクリスチャンたちが血を流したので、ローマ帝国がキリスト教国家になれたのです。当時、世界を支配していたローマがキリスト教国家になると、すみやかに福音が伝えられて、神のみこころがこの地上に実現されました。このすべての過程が神の摂理のうちに進められたのです。神は殉教した人が少しも無念でないように、天国で大きい報いを受けて、輝く栄光の中にとどまれるように祝福されました。


2. 迫害の種類

第一に、神の働きをしていくとき、他の人のそねみやねたみによってやって来る迫害があります。
そねむ心があれば、誰かがうまくいくのを見て、自分の思いに合わせて歪曲して噂を立てたり、悪を行なったりします。それを聞く人は「そうなのか」と同調して、陰口をたたきます。
前に、私たちの教会もそのように迫害されたことがあります。教会が大いにリバイバルすると、そねんでねたむ人々が偽りの噂を立てて、あれこれの理由をあげて迫害しました。しかし、最後まで義を守って善を行なっていくと、神がむしろ祝福として報いてくださいました。迫害する人々を憎まないで、ただ祈ってすべてを神にゆだねました。
<マタイ5:44>に「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」とあります。敵をも愛しなさいと言われたのに、しかも信仰の兄弟どうし憎んだり、わだかまりを持ってはいけません。誰かを憎んで、わだかまりを持ったりするのは、どれほど苦しいことでしょうか。神のみことばどおり誰も憎まないで、誰でも愛せるなら、かえって平安と自由を味わうようになります。

第二に、神のみこころによって、受けることを許された迫害があります。
このような場合は、神がすべてのことを働かせて益としてくださいます。たとえば、知恵の欠けた人をもっと賢くするために、迫害を受けることを許されるのです。知恵があってこそ世に勝ち、神に栄光をささげて生きていけるからです。<マタイ10:16>に「蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。」とあり、<ヤコブ1:5>には「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。」とあります。
また別の場合は、大きい器にして祝福されるようにするためです。ダビデは少年だった時、イスラエル人のすべてが恐ろしくて震えている中、ただ主の御名によってペリシテ人の陣営に立ち向かって、ゴリヤテを石で倒しました。けれども、ダビデはサウル王に追われながら訓練を受けました。これは大きい器になるためでした。将来、神の聖殿を建てるためのすべての備えをして、また、イスラエルを岩の上に立てられる立派な王として整えるために、迫害を受けることを許されたのです。
かと思えば、神の特別なみこころがあって、迫害を許された場合があります。初代エルサレム教会の時代、激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみなユダヤとサマリヤの諸地方に散らされました。これによって福音が広く伝えられました。
それでは、使徒ヨハネはなぜパトモス島に流されなければならなかったのでしょうか?  迫害のゆえに、人のあまりいない島で神と深く交わり、神から啓示を受けて、ヨハネの黙示録を記すためでした。
したがって、神のみこころによって受けることを許された迫害に勝ち抜いていけば、さらに立派な器、さらに祝福される器になり、伝道の門が大きく開かれて、神のみこころを完全に果たすようになります。

第三に、自分の失敗や過ちのために受ける迫害があります。
たとえば、夜遅くまで祈って、家に帰らなくて、神を信じない家族からの迫害を自ら招きます。また、神の働きをするからといって、他のことはいい加減にしたり、家族によく仕えない時、言行一致ができなくて簡単に約束を破り、世の人にも劣る行ないをする時にも迫害されます。
このように迫害を自ら招くことにも、いろいろな理由があります。したがって、いつも自分を顧みて、知恵がなくて迫害されることはないようにしなければなりません。


3. 迫害に対処する方法

まず、自分の過ちゆえに受ける迫害は、愚かで自ら招いたことなので、過ちを悟って、自分を変えていかなければなりません。しかし、義のために祈って、断食しながら神のみことばどおり行なったのに迫害されるなら、むしろ喜んで感謝することによって、さらに神に喜ばれて、神に頼ればよいのです。そうすれば、イエス様が十字架で死なれて三日目によみがえられたように、神が驚くべきみわざを施して、すべてのことを働かせて益としてくださいます。義のために迫害されるとき、喜んで、喜びおどれば、神が認められるので、天での報いが大きいだけでなく、この地上でも祝福されて尊い人になるのです。
次に、神が知恵を与えようと迫害を受けることを許された場合は、どうしたらよいでしょうか? この場合も、自分がすべきことを全部したなら、何の心配もせずに喜んで感謝して祈れば、神が愚かさを悟らせて、賢くしてくださいます。
最後に、神の働きを進めていく過程で迫害される場合はどうすればよいでしょうか? それにつまずかないで、互いに真理に従って行ない、平和を保たなければなりません。たとえば、嫁が正しい行ないができなければ姑が嫁を憎み、また、嫁は姑が気に入らなければ憎みます。また、兄弟の間で互いに気が合わなくてけんかをしたり、隣人との間にささいなことで憎み合うのをよく見ます。しかし、このような悪い行ないをしてはいけません。たとえ誰かが自分に間違ったことをしても、みことばには「赦しなさい」とあるので、赦さなければなりません。
救い主イエス様は敵を愛して赦せる心だったので、ご自分を十字架につける人々のために「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」と祈られました(ルカ23:34)。このように私たちも善を行ない、信仰によって赦さなければなりません。信仰のある人は自分の感情にかたよらないで、仮に相手が自分に悪を行なうとしても、善をもって報います。
<ローマ12:14>に「あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであって、のろってはいけません。」とあります。神が私たちの思いに合わないように導かれるようでも、私たちは「アーメン」だけ言うべきであり、そうする時、神が良い結果を生むように祝福されます。このように、神が私たちを祝福されるために、大きい器にするために受けることを許されたすべての迫害は、まことに尊いものです。どんな場合にも信仰をしっかり持って、天国を望みながら喜ぶ聖徒になれますように。


* まとめと適用

1. <マタイ5:10>をみんなで覚えてみましょう.

2. 私たちが義のために迫害されるということはどんな意味でしょうか?

3. 神の働きをしているからという理由で、自分の持ち場ですべきことができなかったことはないでしょうか? 学校で、家で、職場で、教会での例を挙げて、分かち合ってみましょう。


* 今週の課題
次回はヨブの訓練について学びます。ヨブはなぜ練られたか、考えてきましょう。


* 「用語」を知って力にしましょう!
義のために迫害される者が幸いな理由
自分の悪や不法ゆえに受ける迫害は報いにならないが、義のために受ける迫害が幸いなのは、天国が所有できるからである。迫害されれば信仰がさらに強くなり、その前はわからなかった心の奥深くにある罪の性質まで発見して捨てて、主の心に似せられていくことができる。

 
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