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Title
   2012 年新年祈祷課題(3) - この地上で父に栄光を帰す聖殿  
Speaker
   
Bible
   Ⅱ歴 5:11-14
Date
   2012-01-01


[本文]

[第二歴代誌5:11-14]
「祭司たちが聖所から出て来たとき、――列席したすべての祭司が各組の務めの順序にかかわらず身を聖別した。また、歌うたいであるレビ人全員も、すなわち、アサフもヘマンもエドトンも彼らの子らも彼らの兄弟たちも、白亜麻布を身にまとい、シンバル、十弦の琴および立琴を手にして、祭壇の東側に立ち、百二十人の祭司たちも彼らとともにいて、ラッパを吹き鳴らしていた。――ラッパを吹き鳴らす者、歌うたいたちが、まるでひとりででもあるかのように一致して歌声を響かせ、主を賛美し、ほめたたえた。そして、ラッパとシンバルとさまざまの樂器をかなでて声をあげ、『主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。』と主に向かって賛美した。そのとき、その宮、すなわち主の宮は雲で満ちた。 祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができなかった。主の栄光が神の宮に満ちたからである。」


[序論]

愛する聖徒の皆さん、きょうは2012年新年祈祷課題の三番目「この地上で父に栄光を帰す聖殿」についてお伝えします。
神様が私たちに終わりの時の大聖殿建築の使命を下さったので、私たちはすでに開拓の時から、数え切れないほど祈りを積んできました。2012年新年も、教会の祈祷課題の三番目は、私たちが当面しているカナン聖殿と、さらに大聖殿を建て上げるためのタイトルです。きょう、神様がほんとうに望んでおられる聖殿はどんな聖殿なのか、また、その聖殿を建て上げるためには、私たちがどんな資格を備えるべきで、どんな祈りをささげるべきかをもう一度考えてみましょう。


[本論]

愛する聖徒の皆さん、きょうの本文はソロモンが宮を建てて、神に奉献する感動的な場面です。イスラエルの民は神に仕えるためにエジプトから出てきましたが、初めから宮を建てることはできませんでした。荒野の生活では、神が命じられればいつでも宿営を撤収して、他の所に移動しなければならなかったからです。この時は、幕屋を造って主の契約の箱を置き、箱の中には神が十戒を書き記してくださった石の板が入れてありました。神もその幕屋に下りてきて、モーセと交わったりされました。
イスラエル民族がカナンの地を征服して、士師時代を経て、統一王国を建ててから、いよいよ本格的に神の宮を建てる時になりました。神をこの上なく愛したダビデ王は、息子のソロモン王が神殿を建てるように、建築に必要な材料をあふれるほど用意しました。聖殿の規模と構造、装飾、材料などはもちろん、金の器具、銀の器具、杓子など、細かな器具の目方まで、ダビデは人の思いと計画に従って材料を備えたのではありません。[第一歴代誌28:19]に「これらすべては、私に与えられた主の手による書き物にある。彼は、この仕様書のすべての仕事を賢く行なう。」とあるように、神が示してくださったとおりに備えました。御霊により、すなわち、聖霊に働きかけられて、主の宮の細かな設計図面まで見せてくださったのです。へブル人への手紙では、このように建てた聖殿について「天にあるものの写し」と表現しています。
ダビデの子ソロモンはダビデが伝えてくれた仕様書のとおり、すべての資材と器具を用意して、在位四年に神殿の建築を始めました。七年の歳月が経って、ついに主の宮を奉献する日、イスラエルの長老全員と部族のかしらたちがすべて、宮の前に召集されました。全部数えられないほどのいけにえをささげたし、神の臨在を想像するみことば、すなわち、主の契約の箱を神殿の中に運び入れた時は、大きな喜びの賛美が広く響き渡りました。
身を聖別して白亜麻布を身にまとった祭司とレビ人たちが、まるでひとりであるかのように一致して歌声を響かせ、さまざまな楽器をかなでて声をあげました。ラッパを吹き鳴らす祭司だけでも百二十人人とあるので、その勇壮な音が想像できるでしょうか。「主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。」と主に向かって賛美したとき、主の宮は雲で満ち、祭司たちはそこに立って仕えることができませんでした。かつてモーセが神と交わるとき、そうだったように、この日も主の宮を喜んでお受けになった神が、栄光の雲の中に臨在されたのです。
それで、ソロモン王はイスラエルの全集団の前で、足台の上に立ち、両手を差し伸べて、神の御前に祈ります。この宮を神がお受けになり、神を恐れる民がこの宮に来て祈り願うことに聞いてくださるようと求めました。個人や国としてどんな災いが臨んでも、民が罪を悔い改めてこの宮に来れば、赦して回復してくださるようと祈りました。外国人でも、彼らが神の栄光を聞いて、慕ってこの宮に来て祈れば、かなえてくださって、栄光をお受けになるようにと求めました。
[第二歴代誌7:1]に「ソロモンが祈り終えると、火が天から下って来て、全焼のいけにえと、数々のいけにえとを焼き尽くした。そして、主の栄光がこの宮に満ちた。」とあります。このように上から火が下ってくることと、神の宮に満ちた栄光を見た民は伏し拝んで、神をほめたたえました。どれほど感動的な場面でしょうか。長い歳月、心と思いと力を尽くして建て上げた宮を神が喜んでお受けになったとき、ソロモン王と民が感じた感動は、ことばで全部表現できなかったでしょう。
愛する聖徒の皆さん、父なる神はこの喜びを今日、私たちにも注ぎたいと望んでおられます。ご自身が望まれる大聖殿を建て上げて、奉献するとき、ソロモン時代とは比べられないほど大きい栄光と祝福を与えようとされるのです。
ソロモン時代の神殿は、王国の滅亡とともになくなってしまいました。彼らが神の律法に逆らって、罪を犯しながら、忌み嫌うべき偶像に従ったとき、神もそれ以上彼らの宮にとどまっておられませんでした。神の栄光が取り上げられた宮が破壊された後、イスラエルの民は今までも聖殿の再建を切に求めています。
しかし、もう神が望まれる聖殿は旧約時代の宮ではありません。主の御名によって救われ、聖霊の働きによって変えられた子どもたちが、信仰によって建て上げた霊的な聖殿を願われるのです。
もちろん、今までクリスチャンの手によって建てられた美しい聖殿の建物はたくさんあります。ビザンチン帝国のある神殿を建築した皇帝は、自分が建て上げた神殿の美しさを見ながら、「ソロモン王よ、私はあなたに勝った」と感嘆するほどだったと伝えられています。
しかし、いくら華麗な聖殿が多くても、私たちが建て上げる大聖殿には、その数多くの聖殿と聖別される、特別な意味が込められています。その意味は皆さんもよく知っているでしょう。
第一、大聖殿は霊の空間におられる神の栄光を肉の空間に現す記念物です。全能なる神の力と威厳を現す、人類の歴史上、最高の聖殿です。
終わりの時になるほど闇は濃くなり、人を高める建物と記念物は多くなる一方、神の栄光を現す記念物は見つけにくくなりました。しかも、人の思いと自分の義によって、大きい聖殿を建築することを間違っていると非難することもあります。
このような時代に、神はご自身の威厳と栄光を現す大聖殿建築の使命を私たちに与えてくださいました。モーセが幕屋を造ってソロモンが宮を建てる時にそうだったように、大聖殿の規模と構造、装飾の一つ一つにまで、御霊によって神が示してくださいました。この大きく美しい大聖殿の建物だけ見ても、人々は神の威厳と栄光を感じるでしょう。
これはただ見た目だけ華麗な建物でなく、まことに神の栄光が臨んでいて、24時間聖霊の炎が燃え上がっている聖殿です。魂を生かすいのちのみことばと、火のような神の力あるわざが絶えず湧き出て、全世界に広がる聖殿です。
[ハバクク2:20]に「しかし主は、その聖なる宮におられる。全地よ。その御前に静まれ。」とあります。このみことばどおりに、全地が神の栄光を見て、国々の王たちが主を慕って来る、救いの箱舟になるでしょう。
第二、大聖殿は神のほうから人間耕作の勝利を記念する象徴物です。
神が人を造られた目的はまことの子どもを得るためです。全き信仰を持ち、真心から神を愛し、神と心を分かち合う子どものことです。このために神には心を痛めることがたくさんありました。御使いのかしらのルシファーと最初の人アダムに裏切られ、ひとり子を罪人の手に渡して、十字架につけられるようにする苦しみまで忍ばれました。
それでも世には、相変わらず福音に背を向けて神に立ち向かい、罪と悪のうちを歩んでいる人がどれほどたくさんいるでしょうか。一度救いの恵みを体験したのに、神を裏切って世に戻っていく人もいます。敵である悪魔・サタンの最大目標がこれです。人類が救いの道に背を向けて神に立ち向かわせること、結局、人間耕作を失敗させることです。
しかし、神は敵である悪魔・サタンの策略に負けるような方ではありません。世界の始まる前、救いの道を備えられてイエス・キリストを遣わされただけでなく、私たちにもうひとりの助け主聖霊を遣わされました。
いくら敵である悪魔・サタンが妨げて迫害しても、正しい良心を持つ人々は福音を聞いて主を受け入れます。その中には、聖霊の働きによって心が変えられて、神のお心を知るまことの子どもになる人もいます。
大聖殿は、富や権勢があり、技術があるからといって、また、聖殿建築を願う心があるからといって、誰もが建て上げられる聖殿ではありません。神が望んでおられる心に変えられた、まことの子どもたちだけが建て上げられるのです。彼らの信仰によって大聖殿の威容がこの地上に現れます。ですから、大聖殿が完成された時は、神が耕作を計画されて以来味わわれた、数多くの痛み悲しみを慰められるということです。
愛する聖徒の皆さん、きょうのメッセージのタイトルが「この地上で父に栄光を帰す聖殿」です。闇と罪と悪がはびこっている世で、神がまことの子どもを得、耕作の摂理を全うされたことを宣言する大聖殿です。
特に、大聖殿の小聖殿として、大聖殿より先に建てられるカナン聖殿は、数え切れないほどの涙と悲しみ、犠牲と献身の歳月の中で、聖められた人の数が基準を満たしたことを見せてくれるのです。このカナン聖殿を建て上げたまことの子どもたちを主軸に、本格的に大聖殿を建て上げる時は、世界の救われるような数多くの人がその栄光を見て、神の御前に出てくるでしょう。
それでは、私たちがこのカナン聖殿と大聖殿建築の使命を完全に果たすためには、どうすべきでしょうか。
第一、父なる神のかたちを完全に回復しなければなりません。
開拓以来、神は実に細やかに心を配って、皆さんが今の姿になるようにされました。深い霊の世界の奥義と、神の力あるわざを数え切れないほど体験して、信仰の基礎を築くようにされました。数年間のリバイバル聖会と各種の教育、海外聖会などを通して、信仰を成長させてくださいました。時には教会として大きい訓練も受けるようにされ、証印を受ける過程や組織改変などを通して、絶えず各自の心の地を耕すようにされました。
決定的に2010年、大きい悔い改めの時間があった後、今年一年間は神の初めの光に取り囲まれて、みなが急速な霊の流れに乗るようにされました。それで、今年一年で信仰の岩の上に立った聖徒はいちいち名前を呼べないほどです。御霊の歩みに入った方もたくさんいて、全く聖なるものとされたと認められた方も数人います。
しかし、皆さんは決してここで止まってはいけません。ためらっている時間はありません。まだ信仰の岩の上に立てない方々も、できるだけ早くみなが信仰の岩の上に立たなければなりません。信仰によって攻めていく聖徒なら、誰でもできます。すでに信仰の岩の上に立った方々はすみやかに御霊の歩みと、全く聖なるものに向かって、互いに競うように、より大きい信仰を目指して激しく攻めていかなければなりません。全く聖なるものとされた方々も、すみやかに自分の中に真理を完全に満たして、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するべきでしょう。それがまさにカナン聖殿建築、さらに大聖殿建築を一日でも早める道になるということを心に留めますように。
愛する聖徒の皆さん、この地上で父に栄光を帰す聖殿をすみやかに建て上げるためには、第二、信仰と愛の祈りを絶えず積まなければなりません。
神は私たちが願ってこそ行なうと言われました。もちろん、今までも皆さんは数多くの祈りをささげてきましたが、聖殿が目の前に現れるまでは、心を尽くした祈りを積み続けていかなければなりません。
それでは、皆さんは聖殿のためにどのように祈っているでしょうか? 自分の家を建てるより切なる心で祈っている方なら、聖霊に働きかけられて、具体的な祈りの内容が浮かぶでしょう。
カナン聖殿はもちろん、大聖殿を建て上げるまで、十分な建築資金がすみやかに手元に届くように、法的に、行政的に、すべての手続きが順調に進められるように、最高の技術と良い心を持つ人々とつながって、最も短い期間で完成されるようにと求めるのです。また、先立つ働き人がすべての過程を進めるとき、心を一つにしてただ信仰によって働き、父の御前にどんなきずやミスもないように、建築過程で敵である悪魔・サタンが決して働けないように、建物の構造と装飾なと、細かな一つ一つが父のみこころと一寸の誤差もなく、美しく完成できるようにと祈るでしょう。その他にも、建築とかかわる細かい内容のために、心を尽くして祈るのです。それに聖殿をともに建て上げるべきマンミンのすべての主のしもべと働き人、聖徒が罪とのかかわりを絶って、すみやかに聖められるようにと、もっと切に求めるでしょう。
皆さんが大聖殿建築のためにささげた祈りと物質をはじめ、すべての心の香が、皆さんにとってどれほど大きい栄光と報いになるのか、将来、天国でわかると、思わず感嘆の声が漏れるでしょう。「教会の使命として下さったので、最善を尽くして祈っただけなのに、私がどうしてこんな報いをいただいたのだろう」と感激の涙を流すでしょう。その日を待ち望みながら、信仰と愛の祈りをさらに切に積んでいくようにお願いします。


[結論]

愛する聖徒の皆さん、これまでカナン聖殿と大聖殿が建て上げられるように、皆さんがどれほど切に求めてきたでしょうか。数多くの定めの祈りと断食、また、ツァレファテのやもめの最後の食物のように尊い物質を精一杯ささげながら求めてきた日々がありました。
ところが、神様のほうから、この聖殿を建て上げるために財政より急いでおられたことは、皆さんの各自の信仰の成長でした。聖霊を受けた神の子どもたちは、そのうちに聖霊が住まわれているので、聖徒のひとりひとりが神の聖なる宮です。目に見えない聖徒の心の宮が建て上げられるとき、目に見える大聖殿がこの地上にも現れるのです。
[エペソ2:20-22]に、「あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。」とあります。
長い訓練の歳月を経て、今、開拓30周年になる2012年を堅い信仰の聖徒とともに始めるようにされた父なる神様に限りない感謝と栄光を帰しながら、胸いっぱいで新年を迎えました。
愛する聖徒の皆さんは、主がまた来られるその日まで、とどまらない信仰の行軍をされますように。すべてがすみやかにキリストの満ち満ちた身たけまでに達し、聖殿建築のためにさらに火のような祈りを積んでいきますようにお願いします。それで、もうすぐ目の前に現れるカナン聖殿と輝く大聖殿の土台石になりますように、主の御名によって祝福して祈ります。

 
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